整形外科の外来で当たり前のように使っている「ギプス」。
じつはドイツ語の Gips(ギプス)=石膏 が語源で、日本ではなぜか「ギブス」とも呼ばれてしまう少し不遇な単語です。正確には ギプス ですが、現場では両方の呼び方がまだまだ混在しています。
昔のギプスといえば、まさに“石膏の塊”。濡らした包帯に石膏をしみ込ませ、固まる力で骨折部を固定していました。
いま主流なのは、プラスチックやグラスファイバー製の軽くて丈夫なギプス。素材は変わっても、「折れた骨をしっかり守る」「動かしたくないところを動かさない」という役割は同じです。
骨折・脱臼・靱帯損傷――こうしたケガのとき、ギプスによる固定は治療の土台になります。
## 固定にまつわる二つのキーワード
### ①「90度の法則」
ざっくり言えば、
「関節は90度で固定しておくと、骨も筋肉も落ち着きやすい」
という考え方です。
関節まわりの骨折では、ギプスの角度を 約90度 に保つことで、
* 骨折部が安定しやすい
* 骨の再生が比較的均一に進みやすい
* 元の形に近いアライメントを保ちやすい
とされています。肘や膝の骨折などで「とりあえず90度に曲げて固定」がよく使われるのは、そのためです。
### ②「良肢位の法則」
もうひとつのキーワードが 「良肢位(りょうしい)」。
これは、「患者さんにとって一番自然で、筋肉にも血流にもやさしい位置」 を指します。
* 血流が十分に保たれる
* 伸筋側・屈筋側のどちらか一方だけに負担がかかりすぎない
* ギプスを外したあと、筋拘縮(関節が固まること)を少しでも減らせる
――そんな「後々まで見据えた、いい姿勢」を狙って固定するのが良肢位の考え方です。
## どの「法則」を優先するのか?
現場で悩ましいのは、
「90度の法則」と「良肢位の法則」、どちらを優先するか?
という点です。
答えはシンプルで、
骨折の種類・整復(ズレを戻す処置)の有無・安定性
によって変わります。
が、あえて自分のスタンスを一言でまとめるなら、
> 「安定性が十分に保てるなら、
> “良肢位”を優先した固定を選びたい」
ということになります。
一本の骨折に、固定法はひとつしかない――そんな凝り固まった発想ではなく、「くっつき方」と「その後の生活」 の両方を見据えて角度を決めていく、というイメージです。
## 「骨折部の両端の関節を固定」──原則と現実
教科書的には、
> 「骨折部の両端にある関節を必ず固定する」
これが原則です。
私も若いころは、この原則から外れたギプスを見るたびに、
> 「なんじゃこりゃ。前医はやぶ医者だろ」
と、心の中で(時には口に出して)叫んだものです。
ところが、臨床を重ねると分かってきます。
* 関節までガチガチに固めなくても
* 骨折部が十分に安定しているなら
かえって「余計なところを固定しない」ほうが、骨はよくくっつき、リハビリも軽くて済む ケースが少なくない、ということを。
つまり――
>「原則」はあくまで原則。
> 守ることより、“なぜそうするか”を理解したうえで、
> あえて外す判断ができるかどうかが、現場の腕の見せ所。
ギプスひとつとっても、そこには
「固定」かつ「自由を残す」
という、相反するものを両立させるための小さな哲学と、臨床の経験値が詰まっています。
ギプスか、ギブスか。
呼び方の違いから話は始まりましたが、その奥にあるのは 「どう固定するか」ではなく「どう治ってほしいか」 という視点。
白いギプスの下には、そんな静かなドラマが隠れています。