2025年4月30日水曜日

薬物中毒について

最近、薬物中毒の症状が見られる有名YouTuberの方が頻繁に配信を行っていました。臨床家として、その配信を非常に興味深く拝見し、以下に私見を書かせていただきます。

水を氷に、氷を水に戻せたとしても、

こんがり焼けたトーストを、白く柔らかい焼く前の食パンに戻すことはできません。
茹でられた白い肉を、茹でられる前の赤い生肉に戻すことはできません。
卵の白身に熱を加えると、白くなりますが、その後いくら冷やしてももとの透明な白身には戻りません。
アルコールに漬けられた梅の実を、つける前の梅の実に戻すということはできません。
たくわんを、もとの漬ける前の大根に戻すことはできません。

可逆性変化と不可逆性変化の違いです。
元に戻せない変化というのは当たり前にあるのです。

一般的な話になりますが、よく言われるのが
「やめれば、元に戻る。」
これは、薬物をやめさせるための動機として重要な言葉です。しかし、薬物やアルコールの精神科外来診療に関わった経験から言えば、「やめても元通りにはならない」というのが大半です。
覚せい剤使用歴のある患者さんの診療は、ほぼ統合失調症と同じ治療が必要になります。
また、習慣的な過量飲酒によるアルコール精神病(うつ病、認知障害)も同様で、長年にわたりダメージを受けた脳は禁酒しても完全には回復しません。
そして、その治療はほぼ生涯にわたって続くことが多いのです。
継続的な精神科的投薬をすれば、正常を維持できる人も多く、その前提であれば見た目元通りにはなります。

一般の人々はそのことを知りません。知らないから 「少しぐらいはいいだろう
となってしまうのだと思います。
アルコールや覚せい剤の継続使用のために、医療機関で投薬を受けている人も結構いると思います。一説によれば70%はやめられないというデータもあるそうです。

低酸素脳症などと同様に、脳は非常にデリケートな臓器です。一度ダメージを受けると、完全に回復することはほぼ不可能であることを、日々の臨床で実感しています。
他の臓器で言えばアルコール性肝障害にも当てはまります。肝硬変まで進行してしまうと、たとえアルコールをやめたとしても肝臓は元に戻らず、禁酒後も悪化し続けます。

「やめれば、元に戻る」、だから少しぐらいいけるだろ という誤認が生じる。

「やめても元には戻らない。しかし早くやめれば残る害は少ない」

というスローガンに変えることで、最初の1回の使用を絶対に防ぐことが重要だと考えます。